貸金業法成立したものの・・・

貸金業法成立したものの・・・

 

サラ金問題で社会問題となってグレーゾーン金利で過去との整合性が一向に定まらず、

 

結果的にかなりこじれてしまった貸金業問題。

 

昭和57年にようやく一つの貸金業の区切りを迎えます。

 

昭和57年、第96回国会で定められた法律は、

 

グレーゾーン金利について、債務者が任意で支払った場合は、返還を請求できないというものでした。

 

実際に、この部分には穴があり、そこが大きな問題となっていきます。

 

この時点ではまだその穴に対しての言及はありませんでした。

 

この案が通り、貸金業規制法、すなわち「貸金業法」が成立するに至りました。

 

貸金業法が施行されたのは、昭和58年。

 

グレーゾーン金利に関して一応の見通しが立ってから1年です。

 

この問題には早急な解決が必要だったともいえます。

 

サラ金問題が浮上した昭和52年から、

 

実に6年間もの間、具体的な解決法を見出せず、

 

多くの日本国民は貸金業に対して大きな猜疑心を抱く結果になりました。

 

健全な経営を行っていた貸金業者にとってはかなりの痛手となったのは事実で、

 

貸金業は大きな変化を求められることとなりました。

 

また、貸金業法も成立したとはいえ、まだ問題点も多くありました。

 

この時点で、出資法の定める上限金利は109.5%から40.004%へと、

 

段階的にですが引き下げられています。

 

しかしこれでグレーゾーン金利がなくなったわけではありません。

 

利息制限法で設定されている上限金利は、元本の金額によって15から20%に変動しますが、最大でも20%です。

 

つまり、20から40%の間はグレーゾーンというわけです。

 

利息制限法の上限金利が実質的に意味を成さない状況となってしまったといえます。